朝は来るけれど

 

 

 

飼い猫は今朝も

彼を待つ

 

 

彼は彼女の主ではない

 

 

毎朝

彼女の髪を結びにやってくる

 

 

主ではなくとも

大切な、ひと

 

 

 

 

あの丸い円盤の短いほうの針が

数字の8をとおり過ぎた

 

 

もう来てもいい頃なのに・・・

 

 

 

 

「おまたせ〜」

 

 

 

 

カランカランという

ドアの音と

聞き慣れた優しい声

 

 

いつもより少し息が荒い

 

 

 

 

「遅い」

「ごめんごめん!実は今日テストでさ、一夜漬けで勉強してたら寝坊しちゃったよー」

「……」

「もうっ、ごめんってば〜。そんな悲しそうな顔しないで」

 

 

 

 

とがめてなんていなかった

ただ、なぜだか、つらかった

 

 

 

 

彼の細い指が

飼い猫の後ろ髪を

しなやかにすり抜ける

 

 

 

 

「髪、結構伸びたね。」

「そう?」

「……あ、そうだ!

今日は思いっきってアップにしてみようよ!

ポニーテールとかおだんごとか、似合うと思うんだよねー」

 

 

 

 

彼が楽しそうに声を弾ませると

飼い猫も自然と嬉しくなる

 

 

 

 

「銀牙がそう言うなら、香もそれがいい」

 

 

 

 

髪が梳かれる感覚

後ろに引き寄せられる感覚

 

 

主の手つきが優しいのは

自分を大切に扱ってくれている、しるし

 

 

 

 

「ふふ、たまにはこういうのもいいね」

「いつも同じ髪型だったもんね。みんな、びっくりするかな?」

「そうだね。乃摩なら絶対可愛いって言ってくれるよ」

 

 

 

 

頭を撫でられる、感覚

 

 

彼のてのひらのぬくもりを感じながら

飼い猫は口を開いた

 

 

 

 

「…銀牙」

「なぁに?」

「ありがとう」

「どうしたの急に」

 

 

 

 

「あのね、もう来なくていいよ」

 

 

 

 

その言葉に

主の手が

一瞬止まった気がした

 

 

ほんの、一瞬だけ

 

 

 

 

「銀牙は毎朝、香の髪を結ぶために、早起きしてくれてる。学校も行かなきゃならないのに、テストだってあるのに。だからもう、来なくていい」

 

 

 

 

「……そっか」

 

 

 

 

彼の指が

すっと髪を抜けた

 

 

 

 

「せっかくだし、最後は香が自分で髪を結んでみせてよ」

「え?」

「明日からは香が自分でやるんでしょ?だから、はい、予行練習」

 

 

 

 

飼い猫は鏡に向かう

頭皮に伝わる彼の指の感覚を

思い出しながら

なぞるように

 

 

 

 

「ねえ、香。僕がなんで毎朝ここに来るか知ってる?」

「香の髪を結ぶためでしょ?」

「それはそうだけど。なんで毎朝早起きして、わざわざ人ん家の猫ちゃんの毛繕いをしにくるかってことだよ」

「・・・知らない」

 

 

 

 

ふと視線をそらすと

鏡のはじに映っていた彼は

今まで見たことがないくらい

優しい顔をしていた

 

 

 

 

「かなしい思い込みから、僕を救ってくれたのが、香だったからだよ」

 

 

 

 

彼女の手が止まった

 

 

 

 

「こんなのただの自己満足だよ。だけどもう少し、恩返しさせて」

 

 

 

 

彼女の手首にかかった髪留めを外し

寄せた髪をキュッとまとめて

慣れた手つきで結い上げる

 

 

 

 

「よし、できた!うん、可愛い。」

 

 

 

 

満面の笑顔をみせる彼に

飼い猫はなんだか照れ臭くなる

 

 

 

 

「駄目かな?」

 

 

 

そんなはず、あるわけがないから

 

 

 

「ニャー」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・やっば!テストはじまっちゃう!」

 

 

 

 

また明日ね、

そう言って小走りで去っていった彼の背中を

飼い猫はいつものように見送った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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